思いもよらず,金沢大学より感謝状を頂くこととなりました。3月16日に贈呈式があり,中村信一学長より感謝状を受け取りました。
1973年大学入学と同時に始めた琴古流尺八,ここで師匠の北方間堂翁と出会いました。師は当時84歳だったと思います。入学直後の5月,県立能楽堂で開催された演奏会,この千秋楽で師が演奏した「残月」の第一音で鳥肌が立ちました。ここから,この道に引き込まれ,はまっていくことになります。
さすがに,80歳を超えているのですから,息は長く続かないのですが,一つ一つ発せられる音は流れ,無音もまた音と曲の一部となり,尺八にしか出せない無限の倍音の調和による音色は,全く素人の大学1年生を圧倒したわけです。
稽古は,週に2回,譜読が基本。
師の前で譜を読み,吹奏し,指導を受ける。何もアドバイスなし,「結構です」と言われた時がこわいのです。本当に結構だったのか,どうしようもなかったのか,それはお見通しであり,教わっている本人が一番わかっています。
下手に技巧に走った演奏をすれば,いかに,自分がうまくいったと思っても,ビシッと一言,「品のない演奏はいけません」。ただ漫然と吹けば,「渓流の岩と石の間を流れる水のごとく・・・」。等々,今でも鮮明に思い出されます。
書は,書家北方心泉の子ですから,達筆なんてもんじゃない。漢詩にも造詣が深く,哲人。また,おしゃれでかっこいい。若い女性も大好きなじいちゃん。魅力的で尊敬すべき師範でした。
病に倒れた師の代稽古を4年生ぐらいから始めたでしょうか。1980年に他界され,師の「星雲会」を引き継ぎ,邦楽サークル「竹糸会」尺八師範として,学生たちと共に尺八道を研究し続けています。これは,北方間堂師と若い学生を励まし楽しませてくれた奥様へのご恩返しでもあります。
私自身が,社会人として,尺八演奏家として,若者に慕われ尊敬される人間をめざすための精進をし続けることを確認する,そのような機会を大学に与えていただいたことに感謝します。
「芸は人格以上にはならない」と常に師は言われました。

▲顧問山本先生,中村学長,盛本,竹糸会鈴木さん ▲松下良さん,大谷親千鶴先生,盛本