5月18日~20日,清風・連帯会派視察は九州,熊本と鹿児島を訪れた。今回は人権・平和・環境をテーマとし,以下の視察研修を行いました。
18日 熊本 国立ハンセン病療養施設「菊池恵楓園」 http://www.hosp.go.jp/~keifuen/
ハンセン病患者差別の歴史,基本法施行と現状
熊本城 http://www.manyou-kumamoto.jp/castle/
市民の寄付が大きな力となり本丸御殿復元
19日 阿蘇くじゅう国立公園 http://www.env.go.jp/park/aso/
阿蘇山周辺の観光・環境・ツーリズム
鹿児島 九州新幹線 2011年開業を前に
鹿児島水族館 http://www.ioworld.jp/
のとじま水族館2010年夏リニューアルを前に,ジンベイザメ鹿児島方式など
20日 知覧特攻平和会館 http://www.city.minamikyushu.lg.jp/cgi-bin/hpViewContent.cgi?pID=20070920195935&pLang=ja
戦争と死の美化をすることなく,歴史の事実を知るために
各視察地で
■ハンセン病療養施設 国立療養所「菊池恵楓園」熊本県合志市
昨年「ハンセン病問題基本法」が成立し,今年4月に施行となりました。国の誤った政策によって元患者たちに大きな被害をもたらしたことが明記されています。そして元患者の名誉回復,社会復帰の義務付け,療養施設を地域に開放し交流を進めることも盛り込んでいます。しかし,このとりくみがあまり進んでいないという報道もあり,その実情を知ろうとの目的で視察することにしました。
自治会福祉委員の稲葉さんからお話を伺い施設を案内していただきました。
1996年の「らい予防法」廃止まで100年以上にわたる強制隔離政策が続きました。この間の国の責任を問うハンセン病国家賠償訴訟が起こされ,2001年熊本地裁は厚生省と国会の責任を明確に認める判決を行いました。その後,国は控訴しないことを決め謝罪と人権回復のとりくみを行っていくこととなります。
60haの敷地には,何でもあるように見えました。食品や日用品を売る商店,理容店,病院,畑,宗教施設,自転車も自動車も走っています。しかし,外界との接触をする自由はありませんでした。その歴史を物語る施設がまだ残されています。いや,差別はまだなくなっていないから,残しておかねばならないものもあるのです。
療養所長には懲戒検束権(司法権・警察権)が与えられ,監禁室が設置されていました。退所も外出も許されないこの施設から脱走しようとしたり,園の規則に従わなかったなどの理由で恣意的な運用で監禁されるという人権侵害が行われていました。他にも所内での結婚の条件としての断種や人工妊娠中絶なども行われていました。感染力が弱く,特効薬ができてからも隔離政策がつづけられたことの間違いをあらためて確認しなければなりません。
高さが2mを超えるコンクリートの壁の一部が残されています。脱走を防ぐため,施設の全周を囲っていました。施設内には火葬場もありました。死んでもふるさとに帰ることのできない約1/3の遺骨は納骨堂に収められています。名前は家族への差別を恐れ使わざるを得なかった偽名と本名が二つ書かれたものもあります。
施設内には,各宗派の仏壇・祭壇が横一列に並び,入所者の信仰にあわせて礼拝・参拝ができる会館があります。おまいりもこの施設内でしかできなかったのです。

この塔の上には「希望の鐘」があります。厳しい偏見もある中,この施設から社会に出て行く人がいました。患者の子どもが所内の学校を卒業し,就職する場合や,プロミンという薬により完治した人の退所などです。このときには,この鐘が鳴らされたといいます。しかし,あまりにも長い年月がかかったといわなければなりません。この菊池恵楓園を含め全国15の療養施設には,いまもふるさとに帰ることのない高齢の元患者が2,900人も入所しています。

地域への開放により,小中学生の人権学習などでの見学があると聞きました。各種行事も地域住民参加で行われています。しかし,2003年黒川温泉ホテルの宿泊拒否事件と,謝罪をめぐり新たな差別の手紙が届くなど,入所者の心を深く傷つける人権侵害がありました。偏見はなくなったとはいえません。多くの人たちがこれらの施設を訪れ,交流が広がるようしなければなりません。石川県も国内2箇所の療養所に7名の入所者がいます。里帰り事業なども実施していますが,差別解消に向けた広報や啓発をさらにとりくむ必要があると感じました。
北陸中日新聞
■熊本城
復元が進む熊本城,2008年3月には本丸御殿が完成しました。城を愛する県民をはじめとする一般市民から10億円を超える寄付を受け,総工費54億円の事業が完了しました。
石川県金沢城も,目下河北門の復元工事中,寄付も募っていますがまだまだ。大きな予算をつぎ込む事業だけに,市民の理解が必要です。そして,観光客だけでなく市民が日常的に訪れることのできる公園機能も充実させることも必要です。しかし,金沢城に関しては,学都としてのまちづくりと学生による市街地活性化を考えても金沢大学のこの地からの移転はやっぱり惜しかったと思っているのは私だけでしょうか。

本丸御殿を中心にボランティアガイドに案内をお願いしました。全国の観光地で進められているボランティアによる説明,親しみのある話し振りで楽しく学習させていただきました。金沢の「まいどさん」の案内も一度聞いてみなくては。

■阿蘇山
自然を生かした観光,エコ・ツーリズムはここ阿蘇山とカルデラでどのように進められているのか,興味を持って視察しました。博物館での活動の科学的説明,火口のライブ映像などをこれも研修を積んだインタープリターに案内していただきました。
NPO法人の阿蘇ミュージアム(AMUS)は阿蘇インタープリター養成講座を開講し,全84単位を取得した受講者はインタープリターとして認定され,阿蘇の自然文化の教育普及や火山防災のマネージメントとなど総合的環境教育の活動に携わっています。
火口の見学は,風向きが悪く,火山ガスの危険から規制がしかれ,ロープウェイに乗って終着まで行ったがそのまま引き返すことになってしまいました。
時間ができたので,博物館から見える烏帽子だけに登ってみようということになりました。沢田さんと私だけですが。標高差約200mの登山です。革靴で30分で山頂につくことができました。健脚50代!山頂からは,草千里や周囲のカルデラ,遠くには雲仙普賢岳など最高の眺望でした。途中に咲くミヤマキリシマの群生も見事でした。
自然が保たれていることや高山植物の豊富さをいえば,わが石川の白山もすばらしい山,自然との共生の象徴として大事にしていきたいと思います。今年は登ります。
■九州新幹線
建設が急ピッチで進む九州新幹線,新八代-博多間が繋がって,2011年完全開業予定になっています。デザインの新しい座席,車内も快適な空間になっていました。現在は在来線の特急リレーツバメと新八代でスムーズに接続になっています。2014年金沢まで開業予定の北陸新幹線,金沢以西についてはこの方式での繋ぎ方は検討されていることでしょうが,採用すべきでしょう。

新幹線は並行在来線が大きな課題,通勤通学の足としての現状運賃での維持は必要です。鉄道利用者を増やさなければなりません。JR九州の「SL人吉」は魅力的なとりくみです。

■鹿児島水族館
ジンベイザメのいる水族館は全国で4箇所,飼育が難しく,死なせてしまった例もいくつかあります。この鹿児島水族館は,網にかかった小さなジンベイザメを飼育し,水槽の大きさから見て限界まで大きくなったら海に返すという方法をとっています。石川県の能登島水族館でも来年7月オープンの水槽にジンベイザメを入れる予定です。鹿児島水族館の館長は,能登島水族館の立ち上げに関わって副館長を務めた方です。この「鹿児島方式」の飼育法について伺いました。

水槽のジンベイザメは,ストレスによって腸内細菌が異変を起こし,えさは食べるが排泄ができなくなり死んでしまう例が多かったようです。また,水槽の縁に体がぶつかり,傷ついたり腫瘍がでできることもあるようです。ジンベイザメを飼うには,四六時中ジンベイザメのことばかり考えている専門の飼育員が2人は必要だという館長の言葉から,飼育の難しさが伝わってきます。のとじま水族館にも十分な研究を期待したいと思います。
水族館から海に帰されるジンベイザメ,コウノトリやトキの放鳥のように,自然の海に帰りえさを食べるための訓練を行った後帰されます。体には発信器を取り付け,回遊するコースが調査されています。
この時期,絵本に出てくる海の生き物を,その絵本と共に展示する特別企画展を行っていました。幼児をつれた若いお父さんやお母さんに人気が高いということでした。このような施設は,企画力も重要です。ハードの充実とあわせ,アイディアを生かした企画が子どもたちの興味や学習意欲をかき立てるでしょう。
ジンベイザメ水槽の上部
■知覧特攻平和会館
一度は訪ねなければならないと思っていたこの会館に来ることができました。数年前にここを訪れた小泉首相の姿がテレビで紹介されたことがあります。首相の靖国神社参拝も問題化していたときだったと思います。見方によっては,戦争と若者の死を美化し,偏狭なナショナリズムを増幅することもありうる場です。
出発すれば死しかない。その時の遺書が展示されています。一人ひとりの,勇ましく国のために戦い,「轟沈」を誓う言葉,家族に向けた普通であるが重たい感謝や願いの言葉,小説のようだがリアルな手紙の中味と文字です。平静を保とうとする気持ち,しかしまた,自分自身を高揚させねばとても耐えられない思いが伝わってきます。
特攻作戦,戦局は破滅に向かい,敗北は確実という状況を解りながら,一矢報いて終局を少しでも有利にしたいとの考えから行われた狂気の作戦。このために多くの若い命を奪った戦争指導者たちに本当に怒りを覚えるのです。そして,ここで注目される特攻兵と,南の地で病気と飢餓のために死んでいった若い兵士のとりあつかわれ方の大きな違い,矛盾だらけです。

私たちはここで非戦をあらためて誓いました。しかし,この平和会館,太平洋戦争の間違いと,その反省の上に立ってできあがった憲法,特に第9条,このことについてのアピールは見あたりませんでした。しかし,受付で買った「平和へのメッセージ」(毎年開催される主張発表会の入選作集)には,国の戦争責任について触れたものも多くありました。
■今回の会派視察,人権・環境・平和の研修でした。そして,宿の阿蘇内牧温泉と鹿児島指宿温泉,特に指宿の「白水館」はプロが選ぶ日本のホテル・旅館総合10位の宿(和倉温泉加賀屋は28年連続1位)であり,接客も料理もほぼ満足のいくものでした。九州各地の観光に注ぐ思いも感じることができ,意義ある3日間となりました。